一人称小説

 小説の基本的な書き方としては二種類あります。一人称小説と三人称小説です。今回は一人称小説について見ていきましょう。

特徴

 一人称小説とは、地の文に「一人称」が用いられる小説のことです。一人称とは、「私」「僕」「我が輩」といった、自分自身を指す言葉のことです。作者が独り言を言っているような、小説世界を実況解説しているような体裁となります。

 文章は、語り手 (以下、視点者) が「見ている内容」と、「認識している内容」によって作られます。

 地の文を語り手の独り言のように書けるため、一見すると書きやすそうに思えます。しかし実際には、視点者の認識していないことがらや、知識にないことがらについて記述できないという特徴があります。視点者の身になって、常に表現に気を付ける必要があります。

 またストーリーの都合により、章が変わったタイミングで視点者を変えることができます(「僕が~」で書かれていたものが、区切りのいいタイミングで別人に変わり、「私が~」というストーリー展開にできる)。

注意点

 先程ちらりと触れました、一人称小説の難しい点、表現に注意したい点を見ていきます。

1、視認していないものは書けない

 視点者に見えていないものを、見えているような表現で書くと変になります。また、認識できない状態を説明すると、変になります。

 視点者には自分の顔も見えませんので、説明の際にはちょっとした工夫が必要になります。

 私は居眠りしていて、起きた。すると皆が私の顔を指して笑っている。私の口元によだれがついており、額に「肉」と書いてある。私はトイレに行って洗い落とした。

 上記は悪い例です。居眠りを認識して、口元のよだれも額の「肉」の字も、見えないはずなのに見えているように書かれています。

 次のように書くと自然です。

 ふと気付くと、皆が私の顔を指して笑っている。どうやらうとうとしていたらしい。反射的に口元を袖で拭った。しかし周囲の笑いはおさまらない。何がおかしいのか分からずにいると、斉藤が近寄って私を連れ出した。向かった先はトイレで、鏡をみると私の額に、黒いペンで「肉」と書いてある。

 自分の顔を見るために、鏡に映すという手順を踏みます。スマホを持っていれば、自撮りカメラで確認する方法もあるでしょう。

 同じような例を見てみます。悪い例から良い例へ。

 停電だ。真っ暗で何も見えない。次の瞬間、僕は頭を鉄パイプで殴られた。気絶すると、犯人は満足そうに微笑み、僕を見下ろした。

 停電だ。真っ暗で何も見えない。次の瞬間、鈍い音が響くと同時に白い火花が散り、どうした訳か僕はうつ伏せに、床を感じていた。頭には激痛。額を温かいものが流れていく感覚。鉄の臭い。何が起こったのだろう。停電が起きたはずなのに、目の前が真っ白になっていく――。

 一人称での暗闇、および気絶の場面です。犯人は暗視スコープでもつけていたのでしょうか。いずれにしろ視点者からすれば鈍器の正体は分かりませんし、「頭を殴られた」と認識するのも、ワンテンポ遅れてからでしょう。認識できないかもしれません。ぷつりと意識が途切れるようなシーンは、そこで読者への情報も途切れてしまいますから、「なだらかに気絶」するのが、意外と定番です。

2、ボキャブラリーの調整

 視点者の知識では出てこないような難解な言葉が地の文に出てくると、変になります。また知識の観点だけではなく、視点者の性格に合わない言葉も使わないようにしましょう。

 悪い例、良い例の順に見ていきます。

 せっせと算数のドリルをやっていると、無性に背後が気になり振り返った。そうしたら、そこに白装束の女性が立っていた。白蠟めいたその肌に、ぼくは恐怖を感じて、その瞬間、彫刻のように全身の筋肉が硬変する。

 せっせと算数のドリルをやっていると、なんだか後ろが気になってふり返った。そうしたら、そこに白い浴衣みたいな服を着た女の人が立っていた。女の人の肌はものすごく白い。ぼくは怖くて動けなかった。

 視点者が子供であれば、難しい言葉は出てこなくなります。ただもちろん、この人物の「元」が高校生探偵だったりすると、地の文は知的なものでなければなりません。

 キャラクターの内面に合わせて作文する必要があるということです。キャラクターに合わせられれば良いのですが、自分より知的レベルがはるかに上の人物を視点者にするのは、かなり難しいということが予想できるでしょう。

 『シャーロックホームズシリーズ 』(コナン・ドイル) など、天才が主人公の小説では一般人が視点者になっていることが多いです。作者が天才の思考を書くのは難しいですし、もし書けたとしても、今度は読者がその思考についていくのが大変になってしまいます。……ホームズ視点で書いてしまったら、事件が一ページ目で解決してしまうという問題もありますね。

テクニック

1、事実の認識違い

 一人称小説の地の文では、視点者が認識した内容が記述されます。事実と異なる内容でも、視点者が事実だと思い込めば、地の文に書き込むことができます。

 次の例文を読んでみてください。洋館に宿泊したその夜の一幕です。

 彼女の悲鳴が聞こえた。急いで彼女の部屋に向かうと、扉の前に見知らぬ男がいた。僕は尋ねた。

「一体、何があったんですか? さっきの悲鳴、彼女の身に何か……」

「君の知り合いの部屋か? あの悲鳴はやはり空耳じゃなかったか、くそ!」

 突然、男は扉に体当たりし、僕はそれをただ呆然と見つめた。

「鍵が開かないんだよ。声を掛けたが返事もない。中で何かが起こったのだ!」

 男が何度か体当たりしたところで、扉が開かれた。僕は我に返り、男と共に部屋の中へ入り込む。しかし、どこにも彼女の姿はなかった。男は捲くし立てるように言った。

「そんな馬鹿な。俺の部屋はすぐ向かいにある。悲鳴を聞いて、慌てて部屋を飛び出したんだ。その時点ですでに、この部屋には鍵が掛かっていた――まさか窓から!」

 それを聞いて僕は閉じた窓に走った。鍵が掛かっている。他に出入りができそうなところはどこだろう。そう思って換気口を見たけど、とても人が通れるサイズではない。

 扉も窓も鍵がかかっていた。つまりこの部屋は出入り不能の密室――では彼女は一体、どこへ消えたのだろう。

 地の文章で『扉も窓も鍵が掛かっていた。つまりこの部屋は出入り不能の密室』と書いてあります。しかし、それは視点者が思い込んでいるだけで、最初の男が嘘をついており、部屋に鍵は掛かっていなかった、という展開に持っていくことができます。

 三人称小説の地の文章では嘘は書けませんので、男の動作やセリフを使って、読者に密室だと思い込ませる必要があります。それが一人称小説では、あっさりと書き込めるということです。視点者が思い込んでいれば、それは真実として書き込めるということです。

 このような事実の認識違いをうまく使うことで、いわゆる「どんでん返し」を作ることができます。人影だと認識したが実は人形だったとか、双子だと認識したが実は三つ子だったとか、一度意識してストーリーを作ってみると楽しいでしょう。

 注意点があるとすれば、そこにこだわり過ぎて内容がつまらなくならないように、ということです。あくまでもこのテクニックはアクセントとして、ストーリー全体を通しての面白さを見失わないようにしてください。

2、過去語り

 一人称小説の中には、過去の出来事を紹介するスタイルがあります。ついさっきも話題に上がりました『シャーロック・ホームズシリーズ 』 (コナン・ドイル)や、同じく名探偵ものの『御手洗潔シリーズ 』 (島田荘司)は、「名探偵の活躍を、相棒が文章に書き起こして読者に伝えている」という設定になっています。

 過去こんな面白い事件があったので皆さんにご紹介します、という書き出しになり、読者を楽しませるために、「この後の衝撃の展開を誰が予想できたであろうか!」といった文言が出てきます。

 こういった書き方は、現在進行形の一人称小説では書けません。なぜなら、視点者に未来が分かるはずがないからです。過去語りだからこそできる、読者をワクワクさせる語り口です。

 そうなると、「過去語りの方が読者を盛り上げられる!」と考えてしまいがちですが、過去語りには大きな欠点があります。それは、ストーリーの最後に、少なくとも視点者は生き残るということが確定する点です。サスペンスものに採用する場合は緊張感が失われてしまいます。

 怪談話を想像すると分かりやすいです。
「これは友人の実体験なんだがね……」
 なんて始まりなら、その友人が最後に死んでしまうと笑い話になってしまいます。「いつその話聞いたんだよ」と。

 過去語りでは、どんなに危なくなっても視点者はどうせ死なないのです。そういう制約があるということを理解した上で、この形式を使っていきましょう。

 シリーズもので、死んでほしくないキャラに語り手を任せるというのは、とても賢い方法だと思います。

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